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私がリノベーションを好きになった理由:父と母と過ごした家、そして「あの笑顔」

okame

「やっぱり私、リノベーションが好き!」

ふとした瞬間に、そう強く再確認することがあります。現在は【収納マニアおかめ】として、リノベーション後の片付けや仕組みづくりをサポートしていますが、私のこの情熱の源泉は、2011年に手がけた「母のためのリノベーション」にあります。

❖建築の世界に飛び込んだばかりの、情熱あふれる日々

当時、私は工務店で”リフォームアドバイザーアシスタント”として働き始めたばかりでした。現在の知識や経験と比較すれば、当時は右も左もわからない「未熟」な状態だったと言わざるを得ません。しかし、毎日が発見の連続で、現場に足を運ぶのが楽しくて仕方ありませんでした。

この頃、インテリアコーディネーター資格に挑戦していて、勉強する内容がそのまま仕事とリンクするのが楽しかった!(と言いながら、資格取得に3年かかりました💦)

何より、自分が一生懸命に考えた間取りが、職人さんの手によって形になっていく過程は、言葉では言い表せないほどの感動でした。図面上の線が、壁になり、キッチンになり、生活の舞台へと変わっていく。その魔法のような瞬間に、私は感激の毎日!!

❖40代、親の変化に向き合うということ

40代という年齢は、自分自身の生活だけでなく、親の暮らしについても深く考え始める時期ではないでしょうか。

私の母は、昔から非常に元気で、病院知らずのパワフルな人でした。私が小学生の時に父が他界してから一人で私を育ててくれた母は、「人に迷惑をかけず、日々感謝しなさい」が口癖の、厳しくも一本筋の通った女性でした。


真面目な性格の母と大雑把な私、正反対の性格の私たちは、顔を合わせればケンカばかり。でも、そんな元気だった母に、ある時変化が訪れます。

2011年頃、母は足元のふらつきや呂律の回りにくさを訴えるようになりました。一人での歩行も不安な状態になり、「介護認定」を受けることに。その時、私は決意しました。 「母が今の体で、もっと楽に、もっと楽しく暮らせる家を作ろう」

❖「もっと早くしておけば良かった」という母の言葉

母が私の部屋に仮住まいをしている間、工務店勤務の強みを活かし、私の設計で母の部屋をフルリノベーションしました。

リノベーション中の仮住まい

長年住み慣れた部屋が見違えるほど新しく、使いやすくなった時、母が見せたあの笑顔は今でも忘れられません。 「気持ちいいね~」 「もっと早くしておけば良かった」

マンションリノベーションのきっかけ

母のその言葉に、リノベーションの真髄があると感じました。体が完全に自由を失ってから綺麗にするのではなく、「今、この時」を楽しく楽に過ごすために、住まいを整える。リノベーションは単に家を綺麗にするだけでなく、住む人の心と人生を豊かにするものなのだと、身をもって体験した瞬間でした。

マンションリノベーションのきっかけ

❖リノベーションが教えてくれた「親孝行」のかたち

その後、母は車椅子生活となり、最後は寝たきりの完全介護状態になりました。リノベーションした3階の部屋から、私の住む1階の部屋へと移ることになりましたが、それでもあの時、母が嬉しそうに過ごしてくれた時間は、私にとってかけがえのない「親孝行」の記憶として残っています。

母が亡くなってから数年が経過しました。父と母の思い出が詰まったこの家を手放すのは、胸が締め付けられるほど寂しいことでした。しかし、リノベーションを通じてこの家と向き合った時間は、私に「住まいへの感謝」と「新しい一歩」を踏み出す勇気をくれました。

❖そして、3度目のフルリノベーションへ

次に、私は人生で3度目となるフルリノベーションを計画しました。 母が遺してくれた教訓を胸に、今度は私達夫婦が「老後を見据えて、楽しく楽に住める家」です。

建築の道に入りたての頃に感じた、あの純粋な感動。 知識も経験もなかった私を支えてくれた、現場の熱気。 そして、母が教えてくれた「住まいが人を変える」という事実。

15年間の建築キャリアの中で、リノベーションがもたらす価値や感動を、私は誰よりも信じています。住まいは単なる箱ではありません。そこに住む人の人生を輝かせ、明日への活力となる場所です。この素晴らしいリノベーションの価値や感動を、もっとたくさんの方に伝えたい——。

そんな想いを胸に、新しい家での挑戦、つまり「3度目のフルリノベーション」の物語を、これから皆様にお届けしていきたいと思います。

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